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生活保護不正受給問題、大阪市職員刺青問題、最近も色々と話題に挙がっている公務員のお話。
「お役所仕事乙」などと日々言われており、公務員が悪であるかのような思い違いをしている輩もいるようですが、今回はまた別のお話です。
公務員対象暴力、脅迫や恐喝によって行政を食い物にしている輩が存在しているということです。
分かりやすい例:
部落解放同盟の関連組織を名乗る輩が役所に押し掛けてきて、部落名鑑を高額(一万円超)で売りつけようとし、買わなければ差別だと吹聴すると脅迫したので担当者は買ってしまった。
以降毎年同様の高額冊子を購入する羽目に陥った。
勿論、部落解放同盟とは無関係のヤクザであり、同和問題に担当者が無知であったことも原因だったが、不景気になってからは対企業に同じ手が通じなくなってきた為に役所が狙われることが多くなってきたという。
最近の例:
生活保護の申請窓口で火、男を逮捕…川崎
2012年4月、生活保護の打ち切りが決まっていた無職の男が自宅アパートを焼け出されたことを理由に(おそらく放火した自作自演)、生活保護の延長を申請したが認められず、腹いせに放火し逮捕された事件。
・・・と、このように狙われることが多い公務員さんたち。
司法、立法、行政 この三権は分立しなければならないと言われるが、中央立法府であるところの国会議員や与党党員と各省庁官僚たちが密接に関わっているように、政治と公務員というのは切り離せない。
すなわち、公務員対象暴力というのはある種政争であり、代理戦争という見方もできる。
図書館で読んだ社会科学系の本のうちこの
一冊はとても深刻な日本の闇を描き出していて、ローカル誌である下野新聞取材班の取材努力とまとめる手腕の確かさは賞賛すべきであると感じた。必読。
さて、これは鹿沼事件という名でよく知られている公務員対象暴力であり、この事件による死者は少なくとも三名、うち二名は自殺であったという。そして最初の犠牲者であり、公務員対象暴力による被害者の遺体は10年が経過して未だ発見されていない。
ゴミ処理業者・北関東クリーンサービス(後に社長が自殺)について、市長交代劇により再び着任したクリーンセンター長(職場からの帰宅途中に誘拐、殺害される)は10年程行われてきたお目こぼしについて調査し、処理業者が産廃と称して持ち込んだゴミが佐野市から回収した一般廃棄物であり、クリーンセンターに持ち込み処分することで不当に利益を得ていたことを突き止めていた。
これ以上の詐欺行為を許すことはできないと、廃棄物搬入許可を取り消す強気の姿勢で対決したセンター長は、逆恨みを買って殺されたのだ。
そこで(当時は誘拐の線で)真っ先に疑われた処理業者の社長にはアリバイがあり、ウソ発見機でも誘拐殺人に加担したと証明されなかったのだが―後に依頼殺人であった為に検出されなかったと判明した―一年三ケ月後、彼の自殺によって真相は闇に葬られた。実行犯ら四人の逮捕される直前に(自身も逮捕寸前であったという)行方を眩ました社長は、ダンプカーの中で冷たくなって発見されたのだった。
処理業者の社長はその筋につてのある同業者・佐々木建材の社長・佐々木にセンター長・小佐々氏の殺害を依頼し、暴力団員や元団員であった三人・吉田、高木、田村によって誘拐、そして殺害、死体遺棄が行われた。
数日後、市役所で飛び降り自殺をしたのがクリーンセンター長の前任者であり、自殺した社長とも懇意にしていた(接待を受けていた)とされる人物だった。市長交代による報復人事によって環境局長から税務課長に飛ばされたのだという。
そして、不自然な処理業者の優遇とも思える決定事項が次々に浮かび上がってきたのだが、事件の全貌は未だに解明されぬままである。
行政対象暴力、それは公務員個人に向けられることも多いという。暴力に屈せず、抵抗を続けた末に犠牲になった人がいる。暴力に屈し、悔し涙を飲んだ人もいるし、暴力と上手に付き合うために自らその中に落ちて行った人もいるだろう。
不景気の今、低所得者や失業者、生活保護を受ける者、軽犯罪もまた増えている。企業は身を守る術を心得ている。しかし、行政の末端はいつも危険にさらされ続けながら、市民たちの“税金泥棒”との猜疑の目で見つめられ、メディアに“変態公務員”とレッテルを貼られている。
今何故こんな記事を書こうと思ったのかと問われれば、何のことは無い、田舎から出てきた人の言葉が事の発端である。
「○○なら公務員というだけで信用される。他所は知らないけど、公務員に悪い人なんていないんだから。」
おそらくムラ社会であるところの某O県ではコネ採用ばかりの公務員は警察官並みに犯罪が抑制される(いわゆるムラ八分効果)ということが言いたかったのだろうが、私はただただカルチャーショックを受けてしまったのであった。O県といえば、全国的に有名になったかの教育委員会汚職事件の舞台ではないか。教員採用試験の採点に金銭の授受やコネが絡み、不正が行われた結果、試験結果で勝る者が不採用になったのである。あまりにも常態化している為、本人たちには犯罪であるという自覚すらないのだろう。
教師は変態事件ばかり起こすだとか、公務員は税金泥棒だとかいうのは小を見て大を見ずの偏った認識だ。同様に、公務員に悪い人はいないという認識も、コネ採用や事件のもみ消しを無視しており、正しいとはいえない。
かつてムラ社会だった頃の公務員は、頑強なムラという組織の代表者であり、有力者の親族であった。その為、彼らは守られていたし、ヨソ者を排除することによってムラの防衛も果たしてきた。
けれども、行政の末端である公務員は一人一人が暴力の危険に晒され、防衛すら許されていない。改革をするならば、暴力から彼らを守ることが優先されるべきではないだろうか。正義を行うには力がなくてはならないのである。
- 2012/06/02(土) 01:03:21|
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